三年後――。
まだシベリアに帰らない冬の空気が街路樹で迷子になっている3月初旬頃。久々に岡山に帰ってきた僕は自分の車で近所を運転していた。その最中で佐々木の家の前を横切ってみるが、佐々木と過ごした平屋は既に取り崩されていた。現在はすっかりと舗装されて立派な月極駐車場になっていた。数カ月前に母親から電話で聞かされていたが、実際に目の当たりにすると切なさが募ってくる。
後続車が居ない事を確認してスピードを落としながら通り過ぎるが、やはり佐々木との思い出は何処のも転がっていなかった。
寂しい気持ちが湧き、胸が締め付けられる。その反面、完全になくなってしまって良かった気もする。思い出の中だけで存在していれば、時間が経つにつれて次第に悲しみも薄れていくはずだ。だから時間は偉大なのだろう。
再びスピードを上げて、フロントガラスから流れ去る月極駐車場を尻目に僕は約束の地へと向かった。
結局、佐々木が死んだ翌年に僕は大阪の音楽専門学校に通い、主に作曲・編曲の基礎を学んだ。
今年になって専門学校を卒業し、この4月からは東京のゲーム製作会社の音楽制作部門で働く事が決まっている。
新たな仕事が始まるまで少しの時間が出来た。だから、このタイミングで佐々木が残したデモ曲を完成させるべく岡山まで帰ってきた訳だ。別に大阪でも作業できるのだが、気持ちの整理を付ける意味でもあえて岡山で完成させたかった。
デモだったとはいえ、曲自体の大半は佐々木が完成させていた。あとは苦手な作詞だけが残っていたのだが、佐々木との生前の約束を守る形で何とか仕上げる事が出来た。もちろん、自信はない。しかし、今の僕なりの精一杯を振り絞ったのだから後悔はない出来だ。そうなると残すは歌を入れる作業だけなのだが、誰に歌ってもらおうかと迷っていた。頭の中では当然ながら佐々木の歌声以外に誰も思い浮かばなかったから随分と悩みに悩んだ。一度、仮歌として自分で歌入れをしてみたが聞くに堪えないレベルだったので、そのデータは速攻で消去した。そんな迷宮入りの事件になりそうだったタイミングで、何処から聞きつけたのか、どうしても歌いたいという人物が現れた。意外な立候補者に少し戸惑いつつ、僕は思わず笑いを噴き出した。
そんな経緯を経た今、その人物が待つ場所まで向かっている。
目的地であるレンタル・スタジオに到着すると、スタジオの入口前で既に一人の女性が待っていた。肩まで伸びた茶髪を靡かせ、白いワイシャツにタイトなジーパン姿。遠目から見ても美人だとすぐに分かってしまう。全て空車になっている駐車場に車を停め、急いで女性の元まで駆け寄る。その時の冷たい風が僅かに笑ったように吹いた気がした。
「久しぶりですね。藤田先輩!」
「三年振りよね。元気してた?」
久々の藤田先輩もやはり美しかった。そしてあの頃よりも自信が付いたのか、佇まいも堂々としている。
藤田先輩はこの三年間、正確に言えば、佐々木がインディーズ・デビューした辺りから密かにボイストレーニングに通いはじめ、コンプレックスである音痴を克服しようしていたらしい。
よほど悔しかったのか、それとも何か思う所があったのか。何しろ、高校時代に初めて聴いた時のカラスの鳴き声からどれほど成長したのか、不安でもあるが、楽しみでもあった。
僕は再び車に戻り、後部座席に積んでいた録音機材を取り出す。
「今日は録音だけじゃなく、撮影して投稿もするんでしょ?」
「はい、カメラもばっちり準備してますよ」
「だったら、初めて動画をアップした構図に似せましょう。でも、今度は口パクなしでね」
「もちろん、そのつもりです」
藤田先輩とスタジオの受付に向かい、予約していた部屋まで案内された。はじめて利用する部屋だったが、外観の古さとは対照的に上品な内装になっていた。
分厚い防音扉を閉じた途端に何も聞こえなくなった。藤田先輩は部屋に設置されている大きな鏡で自分のスタイルを確認するようにポーズを取って見ていた。そんな藤田先輩を余所に僕は持ち込んだ録音機器をセッティングする。と言っても、然程の装置は無い。ミキサーとパソコンと小さなインターフェイス。そして録音するためのマイク、それに使うか分からないが、佐々木の使っていたギターも持ってきた… きっと佐々木も見守っていてくれているはずだ。
全ての準備が整ったところでスタジオの録音マイクをオーディオインターフェースに繋ぎ電源を入れる。
「緊張するわね」と藤田先輩が硬い笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。何度でも録音しなおせますから」
パソコン画面に録音ソフトが立ち上がると、トラックを作成して繋げているマイクが正常に働いている事を確認する。
「マイクのチェックを行うので適当に声をください」
「あー、あー… どう?」
藤田先輩の声に反応するように入力レベルが上下に動く。ちょっと範囲を越えていたので、ボリュームを調整する。
「大丈夫です。それじゃあ藤田先輩のタイミングで曲を流しますので、いつでも合図をください」と言いながら、僕はマウスで録音ボタンを押す手前で待機する。
マイクの前で精神統一するように、藤田先輩は目を閉じて一度だけ深呼吸をする。そして僕の方を見つめて大きく頷くと、そのタイミングでパソコンの中にある『大塚用デモ』ファイルを再生し、録音ボタンをクリックした。
デモと言いつつ、僕の中では既にタイトルを決めていた。
佐々木の歌をこれからも僕たちが歌い続ける意味を込めて――
「I sing your song」
ゆっくり海に呑み込まれる太陽と
真っ赤に染まる君の横顔
あの頃は君がずっといた 僕の傍にいてくれたね
それが当たり前と思っていた 季節が巡っても
ずっと 握ってたはずの 手の温もりが
忘れられず 探し続けてる
もう無理なの? I sing your song
繋ぎ留めて
君の匂いに 甘えてもう少し眠らせて
できれば 君と太陽の温もりを添えて
そんな願いも遥か遠く 逃げ去ってしまったみたい
残されたのは抜け殻の 僕と果たせない夢
握ってたはずの 手の温もりを
忘れそうで 怯え続けてる
もう駄目なの? I sing your song
認めたくない
されど太陽は登り続ける
ずっと登り続けている
例え君がいなくても
そんな世界で歌い続ける
もっと 握っていたい 手の温もりが
消えそうで 叫び続けてる
もう止めるの? I sing your song
喉が枯れるまで
されど太陽は登り続ける
きっと登り続けている
例え僕がいなくても
I sing your song 決して忘れない
I sing your song ずっと愛してる

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