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act.7 大塚用デモ

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「大塚君の成績は目立って悪いところもなく、普段の生活態度も真面目で何も問題ありません。今後、進学か就職か、何か具体的な目標はありますか?」

不機嫌な灰色の冬空が続く二月下旬、僕は曖昧な未来を睨みながら三者面談に挑んでいた。いつも使用している教室なのに、机の配置が変わり隣に母親がいるだけでよそよそしい顔をする。そんな慣れない教室のなかで自分の将来について訊かれても、明確な夢はまだ見つからない。しかし、漠然と音楽に興味を持ちはじめていた。それが佐々木に対する想いに惹かれた興味なのか、或いは元から自分自身が音楽に興味を持っていたのか。それはもはや分からない。だが、どちらにしても、僕の将来に音楽が必要な事だけは分かっている。だから将来、音楽の仕事に携わることができれば幸せな事だと思う。ちょっと前までは、そんな夢を他人は愚か家族にすら話す事を恥ずかしくて躊躇っていたのに、佐々木の活躍を身近に感じている今ならば素直に自分の気持ちが他人に言える。

「音楽に携わる仕事がしたいと考えてます」と答えた。

そんな僕の考えに母は目を細めて「幸太が望むなら、お母さんは応援するわよ」と賛同してくれた。先生も「そうなると、音楽系の専門学校に進学するのも選択肢に入りますね」と提案してくれた。それだけで僕は随分と恵まれた環境にいるのだと実感した。普通ならば、大企業や公務員への就職や無難な大学への進学を薦めてきそうなものだ。それなのに母も先生も僕の意見を尊重してくれた。ありがたい気持ちと同時に退路を断った気持ちも芽生えた。

言葉に出してしまったのだ。もう後には引き返せない。今後、僕も佐々木に負けない位に音楽と向き合わなければならない。そうでないと、佐々木に対しても、応援してくれる母や先生に対しても、音楽に対しても失礼だ。

思っていた以上に短時間で三者面談が終わった。

学校の校門で母と別れた僕は、その足で当たり前のように佐々木の家へと向かう――

 

「ここでCメジャーを一定のリズムで刻んで」

「はい」

佐々木の指示通り、パソコンに繋がれたギターを弾く。それに合わせて佐々木はパソコンと繋がっているキーボードを叩く。

「はい、ここでA7からG」

「はい」

うろ覚えのコード表を頭のなかに思い浮かべながら佐々木の言われたコードを順に押さえる。佐々木なりに気を使っているのか、どれも比較的押さえ易い簡単なコードばかりだ。それでも、やはり僕のギターはまだ綺麗に響いてくれない。

納得ができず首を傾げる僕に「上達しているわよ。そのまま続けて」と佐々木は励ましてくれる。実感はないが佐々木の言葉を信じよう。しかし、嫌でも不満が… というより一抹の不安を覚える。それは先日、寺原さんから「メジャーデビューが決まったわよ! 役員全員が満場一致だったわ」と興奮気味に話す声が佐々木のスマホから漏れてきた。そうなると「大丈夫かな。もしかすると、この曲がメジャーデビューになるかもしれないんでしょ? 僕の下手なギターが邪魔になるんじゃないかな?」と不安を漏らす。

しかし佐々木は至って真面目な表情で肩を竦め、「大丈夫よ。まだデモの段階なんだから。正式に決まったら、あとでプロのスタジオミュージシャンが演奏してくれるわ」とこの世の真実を教えてくれた。考えてみれば確かにそうだ。どうして、そんな簡単な真実を見失っていたのだろう? 佐々木よりも僕の方がメジャーデビューに舞い上がっているのか? だとすれば、かなり恥ずかしい性格だ。これ以上、佐々木に迷惑を掛けないように頭を切り替え、佐々木の指示通りに不協和音を交えるギターを弾き続けた。

デモ曲がひと段落付いたところで、佐々木の家の固定電話が久々に鳴り響く。前回が悪い知らせだったから、自然とこの着信音を聞くと警戒してしまう。そんな僕の不安を一掃するように佐々木は固定電話がある玄関まで片足でゆっくりと向かい「はい」と何の躊躇いもなく受話器を取る。

そんな佐々木の様子を台所から身を乗り出して見守っていると、相手の方が一方的に話をしているようだ。佐々木は何度か頷くがその表情は随分と和らいでいた。どうやら、悪い知らせではないようだ。それから佐々木は相手と何度か言葉を交わし「はい、分かりました」と言って受話器を元に戻すと、何事もなかったように戻ってくる。

「何かあったの?」

「うん。叔父さんが来月岡山に来るって」

叔父さん……あぁ、梅原さんのことか。そういえば、仙台で話したときに岡山に移住するような事を言っていたか。

「それにしても来月とは随分と急だね」

「ちょっと前からそんな話はしていたのよ。私の心配をしてくれているみたい」

「それじゃあ、この家に叔父さんと同居するの?」

「いいえ、勤務地が倉敷にあるらしいからそちらの方に住むらしいわ。それに叔父さんの家族も一緒だから、この家じゃあ狭いわ」

「そうなんだ」と言いつつも僕は内心で、佐々木との二人だけの空間を奪われなくて済んだ、と胸をなでおろした。

「それよりも見て」と佐々木はパソコンの画面を指差し「さっきのデモを合わせて、もう七曲のストックができたわ」と満足げに微笑み。

パソコン画面を覗き込むと、音楽データ・ファイルが無造作に並んでいた。そのファイル名がすべて数字だけという何ともシンプルなものばかりだったのでデモ曲として認識し難かった。

「仮タイトルとかないの?」

「その時の気分で決めるから、まだ何も決めたくないの」と佐々木なりの拘りがあるようだ。しかし、そんなファイルの中に数字ではないファイル名がひとつあった。

『大塚用デモ』

いつの日か僕に渡されたデモ曲は、今も僕が作詞する日を健気に待ち続けていた。

僕もデモ曲の存在は忘れていない。日々の生活のなかで時より言葉を見つけては心に取り留めている。しかし歌詞に当てはめようとすると、純白のジグソーパズルみたいに上手くハマらずに諦める日々が延々と続いている。どうやら僕に作詞能力は皆無らしい。すぐにでも諦めて投げ出したいが、他ならぬ佐々木から送られたデモ曲だ。不器用でも、誰に笑われようとも、最後までやり遂げるしかない。

「さて、そろそろ再開しますか」

そう言って佐々木はまだ不慣れな僕のギターと共に新たなデモ曲を作りはじめる。

 

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