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ブラックバード-「飛べない鳥の旅路」より- 序章

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ブラックバード-飛べない鳥の旅路より-

黒いペストマスクみたいな仮面を被った男がパソコンの前に座っている。しかし今は中世ヨーロッパでも無ければ、現在は2008年で当然ながらペストも流行していない。その証拠に男の仮面の口元部分と後頭部はしっかりと露出している。まるで覆面レスラーみたいに。しかし、男は強靭な肉体を持ち合わせていない。寧ろ、成人男性の中では平均よりもやせ型の部類になるだろう。それでも目元部分は偏光グラスが施されているせいで瞳の奥は伺えない。それが余計に仮面の存在を不気味に際立たせている。

そんな奇妙な仮面を付けた男は黒いバスローブ姿のまま、左手で頬杖を付きながら気だるげに右手でマウスを何度もクリックしている。そのクリック音がまるで仮面の男の苛立ちを表現しているようで、作り物の小鳥の囀りの如くぎこちなく響く。

ようやくお目当てのファイルを見つけて満足したのか、仮面の男はマウスから手を離すとすぐにその手で近くに転がっていたマイクを手に取る。その横には高級そうなコンデンサーマイクが置かれているが、男はあえてダイナミックマイクを使用したいようだ。

少しの静寂が流れた後でパソコンのスピーカーからクラシックギターの緩やかなメロディーが流れ始める。その音色は何処か懐かしくて優しい、幼い頃に母親におんぶされて帰った時の夕陽を思い出しそうなセピア色に染まっていた。そんなリズムに合わせて仮面の男は首を左右に小さく揺らしながらタイミングを計る。歌い出し直前で首の動きが止まると仮面の男は手に持っていたダイナミックマイクをそっと口に近づけ、澄んだ声で歌い始める。

 

誰かの憧れが強過ぎたヘブンデイズから抜け出そう

僕らに残された時間には限りがあるから

 

飛び方を知らない頃は幸せだった?

無い物強請りに蝕まれずに済むから

 

いっそ「飛べない」と言い聞かせてくれ

あなたが言えば 全て信じてしまうから

 

いつの時代も 愛と憎しみは共犯者なのさ………―――

 

「ダメだ… 続きが降って来ない」

自虐的に微笑した仮面の男は手に持っていたマイクを放り投げる。その衝撃がスピーカーから醜い音となって部屋に響く。しかし、そんな雑音に構って要られない様子の仮面の男は髪を乱暴にかき乱しながら、この世の全てに絶望したような長い溜息を漏らした。それでも歌詞のないセピア色のメロディーは未だに流れ続ける―― そんな苦悶する男の光景を僕は対面のソファーに座って、ただ黙って見守っていた。

明確な答えが無いと知りながらも一定の答えを導き出さなければならない。周囲からは羨望の眼差しで憧れられながら、その裏では見えない敵と勝ち目の無い戦いを挑み続けなければならない、何とも残酷な職業。それがアーティストの正体だ。平凡で何の才能も持たない僕では微塵の想像も及ばない領域で希望と絶望と興奮と戦い続けているのだろう… だろうが… 今は悠長に嘆いている場合でなかった。

「早く出ないと間に合わない! もうタクシーも到着してるんだから」

仮面の男にはこの後に、とても大事な仕事が控えていた。しかも、これからすぐに家を出たとしても軽く遅刻する程に時間が押している。

「ちょっと待ってくれ。今、新しい言葉がこの辺まで降りてきている」

そう言いながら、仮面の男は宙を指差すが当然ながら僕には何も見えない。もちろん、仮面の男にも見えていないはずだ。

「今日はツアーの最終日なんだから、無事に済ませてくれよ」

未だに宙を差している男の指を引っ張り強引に椅子から立たせて外出の準備を促す。

「……分かった。すぐに準備する」

そう言って、渋々ながらも立ち上がった仮面の男は黒いバスローブを豪快に脱ぎ捨てて全裸になると何の恥じらいも無くクローゼットに向かう。

「今日が終われば、当分ライブは無いんだな」

呟くように声を漏らした仮面の男がどこか寂し気に映る。いつも着ている上下白色のアディダス・ジャージが今日はやけに哀愁を纏っているように思える。

「今日が無事に済めば、だけどね」

僕は急かすように仮面の男の腕を引いて外に出る。すると、上空はすっかりと冬の空気がロシアの彼方へと逃げ去ったようで今は小春日和の暖かな日差しが注いでいた。僕は思わず目を眩ませてくしゃみをした。花粉症か?

玄関先には予め呼んでいたタクシーが退屈そうに待ち続けていた。そして僕たちの存在に気付いたらしく後部座席のドアが独りでに開く。僕は男の手を引いたままタクシーに乗り込み、急いで運転手に行き先を告げる。

「すみません、日本武道館までお願いします」

運転手は少し眉を顰める。恐らく、奇抜なデザインをした仮面の男に驚いたのだろう。案の定、ドライバーは特に何を言うでもなく浅く頷くと、咳払いに似たエンジンを吹かせたタクシーはゆっくりと動き出す―― どうにか、リハーサルまでには間に合ってくれといいのだが。

 

Black bird  Golden Indian miracle TOUR 2008

 

1.11  NHKホール

1.12  NHKホール

1.16  旭川市民文化会館

1.17  北海道厚生年金会館

118   秋田県民会館

1.19  青森市文化会館

1.22  仙台サンプラザホール

1.24  石川厚生年金会館

1.28  郡山市民文化センター

1.29  大宮ソニックシティ

2.4   高松市民会館

2.5   松山市民会館

2.6   徳島市立文化センターホール

2.10  広島郵便貯金ホール

2.11  岡山市民会館

2.14  スターピアくだまつ

2.16  鹿児島市民文化ホール

2.17  宮崎市民文化ホール

2.18  熊本市民会館

2.20  長崎市公会堂

2.21  福岡サンパレス

2.27  神奈川県民ホール

2.28  名古屋国際会議場 センチュリーホール

3.3   神戸国際会館ハーバーランドプラザホール

3.6   大阪厚生年金会館 大ホール

3.7   京都会館 第一ホール

3.9   日本武道館

 

 

1章へ続く ブラックバード-「飛べない鳥の旅路」より- 1章 | 0-9(オーナイン) feat.MEIKO 情報板 (la-buenavista.com)

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