5月16日
退院して2カ月以上が経つというのに、怠惰と臆病に満ちた僕はブラックバードを取り戻す為の行動を全く取れないでいた。
動かなければいけない事は分かっている。
それなのに、、、いや、だからこそ、行動を躊躇ってしまう。
恐らく、行動を妨げる大半の原因は『本気で行動しても、ブラックバードを取り戻せなかったら、その後はどうしよう?』という絶望の縁に立たされる恐怖に陥る覚悟が未だに足りていないのだろう。
しかし、このままではすぐに東京ドームが迫って来てしまう。
これでは駄目だと、僕は1階のソファーから重たい身体を起き上がらせる。
そしてブラックバードがいつも座っていた2階の作業部屋にある一番奥の黒い椅子に座り、
ブラックバードが作りかけていた歌詞の続きを何とか完成させようと試みた。
しかし、空白の音色の上に、何のヒントも与えられずに、
ただ漠然と言葉の海を藻掻き続ける旅は途方も無く無謀な挑戦なんだと痛感させられる。
誰かの憧れが強過ぎたヘブンデイズから抜け出そう
僕らに残された時間には限りがあるから
飛び方を知らない頃は幸せだった?
無い物強請りに蝕まれずに済むから
いっそ「飛べない」と言い聞かせてくれ
あなたが言えば 全て信じてしまうから
いつの時代も 愛と憎しみは共犯者なのさ…
あのブラックバードが苦戦した歌詞だ。
素人の自分がこの歌詞の続きなど見い出せるはずもないだろう。
やはり、、、何の手掛かりも無いまま、気付けば、いつもの現実世界に引き戻されて1日が終わってしまう。
そんな日常をもう1週間は繰り返している。
「誰かの憧れが強過ぎたヘブンデイズから抜け出そう」
ヘブンデイズを直訳すると天国のような日々…
“誰かの憧れ”とは誰の視点を指しているのだろう…
憧れが強過ぎた…
理想と現実の乖離に嘆いているのか…
ダメだ、全く解らない。
謎が謎を呼ぶ一文目から僕の心は簡単にへし折られる。
何の疑いも無く、僕の中の僕たちが満場一致で僕には歌詞の才能が無いと判断した。
時計を見ると正午を過ぎていた。
諦めて1階に降りると千恵子が不安げな表情でコーヒーを沸かして待っていた。
僕が倒れた頃から千恵子から晴れ渡った表情を見ていない。
何も責任を感じる事はないのに、僕が何度言っても千恵子は首を横に振る。
「もっと早く気付いて、もっと早く対処するべきだったわ」
千恵子の懺悔が正解なのか、間違いなのか。
それは僕にも分からない。
ただ確実に分かる事と言えば、もう過去の出来事だ。
少なくとも今は後悔するよりも、今後の為に行動するしかない。
それを僕自身が強く態度で示す事が出来たならば、千恵子の表情も幾分かは和らぐのかもしれない。
しかし、今の僕の現状はというと、、、我ながら情けない。
溜息交じりにコーヒーを啜りながらソファーに腰かけ、テレビを点けると昼のワイドショーが流れていた。
そんな番組を観るでもなく眺めていたら、先日に中国の四川省で発生した大地震の様子が流れていた。
現場のレポーターは現時点で把握している死者数と行方不明者の数を速報で知らせている。
地震に関しては他人事ではない地震大国・日本のテレビは東京で同じ規模の地震が発生した際の想定を専門家の意見に基づきシミュレーションを行っていた。
そのCGの中で東京ドームが崩壊する映像が流れるのを見て、僕の弱い心が不謹慎な事を考えそうになった。
その瞬間、何の前触れも無く玄関の呼び鈴が鳴り響く。
今日は特に誰かが訪ねてくる予定は無かったはずだ。
千恵子がインターホンに付いている小型カメラで玄関を確認すると、画面いっぱいに無数のカメラやマイクを構えて群がっている虫のような人の群れが映っていた。
それを見た千恵子は絶句してその場で立ち尽くしてしまった。
そんなことはお構いなしに、テレビ画面はいつの間にか地震の話題から芸能関連のゴシップ・コーナーに移っていた。
中継カメラは四川省から東京の目黒区に切り替わる。
「現場の宮崎さん、そちらの様子はどうなってますか?」
テレビ番組の司会者が現場に呼びかけるとレポーターは慌てた様子でイヤホンを耳に着けながらマイクを持つ。
――はい、こちら目黒区はミュージシャンのブラックバードさんが自宅兼作業場として使用している建物の前です。既に他局の取材陣も挙ってこの建物の前に集まってます――
とカメラが周囲を見渡すように画面を引くと、そこに見慣れた家の全貌が映し出された。
馴染みのある光景でも画面越しに見ると他所余所しく観えるが、どう見ても今テレビに映っている建物はこの家だ。
つまり、今インターホンの鳴らし続けている犯人は、今まさに中継しているこのマスコミたちのようだ。
どこかで多重人格の情報が漏れたか?
まぁ、ブラックバードの関係者ならば既に承知の事実か。
どれだけ隠蔽しようとしても抑えきれないのが組織の特質であり、人間の常だ。
「どうしよう。私が出ようか?」
千恵子が不安そうな表情を浮かべ、明らかに動揺し怯えていた。
そんなか弱い女性を一人で世間に晒すわけにはいかない。
それにここで下手に出た所で適切な対処法も思い付かない。
「いや、このまま居留守を使おう。そのうち居なくなるだろう」
何度も鳴り響く呼び鈴を無視してこのままワイドショーを見続ける事にした。
番組には決められたタイムテーブルがあるのだろうか、ブラックバードの話題は一向に終わる気配を見せない。
それどころか『ブラックバード、危険薬物を使用か!?』や
『鬼才ブラックバード、猟奇的な多重人格障害の正体!』など、物騒な文言のテロップが画面の右上に表示され、未だに自分の玄関前の映像が電波に乗って全国に晒され続ける。
こういう時にもブラックバードの影響力と偉大さに気付かされる。
同時に芸能人のプライベートの無さにも驚かされた。
ジャロに相談すれば助けてくれるのだろうか?
試しにチャンネルを替えてみると他にも似たようなワイドショーが民放2局で放送していた。
その他のチャンネルは政治に関するニュースと随分と古いドラマの再放送が流れていた。
どうやら、ブラックバードの特集を報じているのは民放3局だけのようだ。
そうなると、このカメラの数はテレビ局以外にもスポーツ新聞やゴシップ雑誌も混ざっているのか。
再びワイドショーにチャンネルを戻すと中継を一旦終え、スタジオの映像に切り替わっていた。
「一部週刊誌の報道では関係者の証言が載ってましたね」と司会者は丁寧にも大きなフリップを用意して説明を始める。
まだ週刊誌を読んでいない僕も気になる情報だ。
「関係者の証言としまして、『普段から独りでブツブツと呟いていた』『たまに挙動不審な行動を取っていた』など様々な証言が出てきました。
中には数年前から反社会勢力との接点を持ち、危険薬物を使用していたのではないか? という疑惑も出ているそうですが……
さて、真相はどうなんでしょうか?」
と何かを知っているような得意げな表情を浮かべる司会者が僕の全く知らないコメンテーターに話しを振る。
「まだ真実が何も明るみになっていないので何とも言えないのですが、これだけ騒動になっているので本人が直接何かしらの説明をするべきだと思いますね」
と神妙な面持ちで如何にも無難そうな文言を並べる。
そんな無責任なコメンテーターの表情に耐え切れず、思わずテレビを消してしまった。
その瞬間にインターホンだけが虚しく鳴り続け、真実とは程遠い如何にも世間が面白がる方向に捏造したワイドショーの扱いにストレスを募らせる。
確かにコメンテーターが言った通り、現在の状況を全て正直に公開した方が楽になるだろう。
しかし、自分が多重人格障害だと打ち明けた瞬間に、ブラックバードのファンはどう思うだろうか。
ブラックバードは正体不明でミステリアスな部分が多いからこそ大衆を魅了している。
犯人を予め教えられた推理小説を読んで楽しめるだろうか――
いや、楽しめるように工夫する方法は幾らでもある。
オチを始めに言われた漫才を観て笑えるだろうか――
いや、笑えるように仕向ける方法は幾らでもある。
ブラックバードの正体が分かったうえで、尚もブラックバードを求めるだろうか――
いや、その方法をお前自身が見つけろよ。
僕が質問定義を投げ掛けても、もう一人の僕がそれを否定する。
後者の中に眠る僕の本能がブラックバードの元凶となったのならば、今すぐに僕の目の前に現れてくれ。
世界の全てを完全否定しても構わないから。
しかし、無責任な願い事は七夕になっても叶いはしない。
そう、手に届きそうで届かない事ばかりでこの世界は成り立っている。
東京ドーム公演まであと何日だろう。
壁際に掛けたサファイア・レコードから貰ったカレンダーを眺めて日にちを数えてみようと試みる。。。
いや、止めておこう。
その答えを知る事を恐れてしまう程に僕の精神は絶望的な程の手詰まり感に満ち溢れているようだ。
そう言えば、この一週間、涼子とは全く会えていない。それもそうだろう。
世間がブラックバードを中心に騒いでいる状況でこの家に入る事は至難の業だろう――
現に僕を心配する千恵子は、ずっと僕と一緒にこの家に籠城している状態だ――
会えない時間が募る程に切なさが増す、この感覚を何と表現すればいいのだろうか――
その感情に答えを出す行為はまだ先だ。今はそっと鍵を掛けておこう――
だが、せめて今後の方針について話し合いたいものだったが、残念ながら涼子は携帯電話を持っていない。
唯一知っている連絡先であるメールアドレスも、病室に放り投げられたノートパソコンに届くように設定されているようで、当然の如く返信は全くない。
幸いな事と言えば、新曲制作の件は笹沖の方からレコード会社に無理を言って何とか延期の許可を得た旨のメールが届いた事くらいだ。
これで幾分かの時間を稼ぐことは出来た訳だが――
テーブルにブラックバードの掛けていた仮面が黒く妖しく僕を誘うように輝いている。
徐に手に取りそっと自分の顔に装着してみるが、当然ながらそんな行為でブラックバードは戻ってこない。
特撮ヒーローならば変身できるのだろうが、現実はそんなに甘くないようだ。
ならば、どうやってブラックバードを取り戻すか…
唯一の手掛かりは鈴木先生が言っていた「過去のトラウマ」という言葉だけ。
そうなると、過去の出来事を振り返る必要がある。
そういえば、今まで自分の人生をゆっくりと振り返った事なんて一度も無かったな。
まぁ、まだ人生を振り返る年齢でも無いだろうに。
しかし今回は事情が事情なだけに振り返らなければならないのだろうと半ば諦めの境地で目を閉じる。
そして自分の人生をそっと思い返してみた。
幼少期の自分は、家族3人暮らしで特に不満らしい不満もなく、それなりに楽しい思い出を持って生活を送っていた――
トラウマがあるとすれば、恐らくもう少し後だ。
僕が高校に入学した時に父親が何の前触れもなく家を出て行き、その事で母親は酷く落ち込んでいた。
しかし、その後の記憶を蘇らせようと海馬をクリックするが、その中には空フォルダーしか表示されなかった。
念の為に幾つかのフォルダーを開くが“このフォルダーは空です”と冷たくあしらわれる。
更にその後の記憶を辿るとブラックバードと出会った4年前、桜が舞う並木通りの記憶に突き当たる。
どうやら、16歳から24歳までの記憶が全て消去されてしまっているようだ。
空白の8年間……
主観的に考えても客観的に考えても、その8年間に何かしらの事件か事故が起こったと考えるべきなのだろう。
そして、その中に先生の言った「過去のトラウマ」が潜んでいる。
そこまでの推理は自分自身で驚くほど冷静だった。
しかし冷静の中に長く居ると深層心理が常識を確立させ、とてつもない恐怖心が徐々に牙を剥いて僕の背後から近づけて来ている事に気付く。
トラウマというからには自分にとって辛い出来事が起こったのだろう。
そんなパンドラの箱をわざわざ自らの手で開かないといけない状況に立ったと理解するのだから、恐怖心を抱かない方が無理な話だ。
それでも逃げている時間はない。
パンドラの箱の中にブラックバードが眠っている可能性があるのなら、開けて箱の中身を探る必要がある。
何より今は時間が惜しい。
早くブラックバードを取り戻して、まずは新曲を完成させなければならない。
それから東京ドーム公演だ。
さて、パンドラの箱を開く鍵は…
新幹線に乗った所で『今から帰る』と母親にメールを済ませたのは空席が目立つ平日の午前11時だった。
品川駅から岡山駅まで約3時間か…
何故だろう。
このまま永遠に辿り着かなければいいのに、と予防接種の列で待つ子供のような、幼いわがままを抱いている自分が居る。
明らかに故郷に帰る事を恐れている。
記憶が戻るよりも先に、本能が既に警戒態勢に入ってしまっている。
そんな鬱屈な事実に触れてしまった所で、無情にも発車のベルが鳴り響く。
溜息交じりに、何気なく出入り口の上にある電子掲示板の流れる黄緑色に光る文字を眺める。
すると、8月から開催される北京オリンピックに関する情報が流れてきた。
そう言えば、車内に張られている企業広告の多くもオリンピック一色に染まり、まるで世界中が浮かれているようだ。
切羽詰まっている僕だけが世界から取り残されている気がして、思わず再び大きな溜息が漏れた所で新幹線が滑らかに動き始める。
そんな流れる灰色のビル群を眺めながらイヤホンを耳に着ける。
さて、岡山に帰省してどんな衝撃が待ち構えているのだろうか。
強力な魔物ならば、上質な武器を揃え、レベルを上げ、それなりの対応と心構えが出来るのだが。
如何せん、得体の知れない“何か”に対しての対策は難しい。
悲しい過去の思い出、或いは、未だに結末を迎えられないままの惨劇か、はたまた………
ダメだ。
悪い想像が恐ろしい妄想を膨らませ続けている。
このまま放置していると、無意識レベルでSF作家にでもなったみたいに、あり得ない妄想が幾つも創造してはかき消す作業を繰り返している。
永久機関へ突入してしまう前に考えるのは止めよう。
気を紛らわせる為、アイポッドを操作して昨日に亀山さんからメールで届いた最新版のデモ曲を再生する。
しばらくして曲が流れ出すと、初めに聴いた時には無かったベースラインとドラムパートが追加されていた。
懐かしいカントリー調の音色に濃い輪郭が加わって聴こえる。
ここまで来ると素人の僕でも楽曲の方向性まで理解できた。
まだ誰の耳にも触れていない。
世に出る前の生まれかけのメロディーに感動と興奮を覚える。
しかし、だからと言って歌詞が思い浮かぶ訳もなく、僕の頭の中に新たな言葉は降ってこない。
『飛び方を知らない頃は幸せだった? 無い物強請りに蝕まれずに済むから』
ブラックバードは何をテーマに歌おうとしていたのだろうか?
最近はそれなりに睡眠を採っていた。
それでも亀山さんの心地良いメロディーと、車窓の中を流れる景色の長閑さと、心地良い新幹線の振動に誘われ、徐々に睡魔が擦り寄ってきた。
まだ到着まで3時間ある。
このまま寝過ごしてしまう事は流石にないだろう――
気が付くと僕の全身は光沢を含んだ漆黒色の羽毛に覆われていた。
初夏を迎えたばかりの清々しい早朝の懐かしい街並みを電信柱の天辺から眺めている。
両腕の黒い翼をクチバシで小刻みに突きながら毛並みを揃えていると太陽の眩しさに苛立ちを覚える。
整った毛並みの具合を確認しようと風の機嫌を伺いながら翼を大きく広げると馴染みのある蒼い風が爽やかに挨拶を交わしてきた。
そんな風に全ての翼を委ねた瞬間、僕の小さな身体は既に大空を舞っていた。
左翼を少し上に傾けると身体は右に曲がりながら急降下し、純白な雲の中へと突入する。
水分を含んだ雲の中は少し冷たいが、全身に覆われた羽毛のおかげで飛ぶ行為に何ら支障はない。
雲の合間を縫っていくと、先ほど眺めていた街が視界の真下からぼんやりと姿を現し始める。
整えた毛並みも上々だ。
やがて飛ぶ事に飽きてきたので適当な高さのビルの最上階に着陸する。
それが岡山駅の東口である事に気付くまで然程の時間は掛からなかった。
街路樹の通りからは既にアブラゼミの大合唱が始まっていて、今日も暑くなる事を示唆している。
駅に設置された大きなデジタル時計に目をやると午前8時を示している。
どうやら、現在は通勤ラッシュの真っ只中らしい。
バス・ステーションには青色や茶色、ピンク色や緑色をした車体の様々な会社のバスが引っ切り無しに出入りしている。
そんなバスたちは嫌な顔を浮かべつつ、律儀にも重厚なエンジン音と時よりクラクションを鳴り響かせ、駅前の忙しさを黒い排出ガスと共に演出していた。
人間に操らている可哀想な連中だぜ。と同情しつつ、次に正面玄関に視線を移す。
すると、スーツ姿のサラリーマンやOL、制服姿の学生たちの群れが忙しく行き交っている。
そんな人間に操らている人々は朝に現れる憂鬱の魔女に全ての感情を刈り取られたようで、浮かべる顔はみんな無表情だった。
その様が死神の列に見えて笑えた。
駅から少し離れた場所には必死で涼しさを演出しようと大きな噴水が勢い良く水を撒き散らし始める。
そんな噴水と太陽の光に誘われてキラリと輝く円い物体が目に入る。
…んっ、何だ?
好奇心に駆られた僕はすぐに羽ばたいて噴水まで向かい、用心深く遠目で様子を伺う。
特に危害を加える様子は見られない。
徐々に近づき未だに輝き続ける物体をクチバシで何度か突くが、その正体は誰かの手から脱走して独り旅を満喫している最中の1円玉だった。
これじゃあ、お腹が満たされない。
ガッカリしながら1円玉をクチバシで突いていると、魔女に感情を奪われたはずの人々が露骨に嫌悪感を抱いた蔑んだ眼差しで僕を見下してくる。
別に何も悪い事なんてしていないのに、カラスというだけで人間は僕を忌み嫌う。
何か文句を言ってやろうと口を開くが、発せられる言葉は「カーカーカー」の何とも情けない鳴き声のみ。
鋭いクチバシが役立つ場面は食事をする際に獲物の肉片を抉る時だけ。
無情な現実と不条理な嫌悪に居心地を悪くした僕は噴水から逃げるように飛び立ち、先ほどのビルまで避難する。
不幸中の幸いはその嫌悪の中に同情心という偽りの正義が存在しなかった事だ。
同情心という奴は僕の生きる活力である反骨心を容赦なく撃ち砕こうとする。
そうなると僕は僕のままでは居られなくなり、最終的に自ら死を選ぶ他に選択肢が無くなってしまう……
いや、もう一つ選択肢がある。
そうだ。
その方が自殺するよりも効率が良い。
どうせ、生きている限りいつか死ぬ。
ならば、自ら死ぬなんて勿体無い。
僕じゃない“俺”が僕を殺して新たな“俺”を再構築すればいいのだ。
俺が俺の中の世界を革命してやれば、この腐った世界も幾分かマシになるだろう。
そんなどうでもいい妄想を抱きながら、慢性的な空腹を堪えるようにそっと目を閉じた――
田んぼの中に古ぼけた倉庫、桑畑の端に灰色のマンション…
目を開くと幼い頃に遊んでいた田舎町の懐かしい風景が広がっていた。
気付くとブラックバードの仮面を付けたまま、実家から最寄りのバス停で立ち尽くしていた。
確か、新幹線の中で転寝をしていたはずなのに、どうやってここまで辿り着いたのだろうか――
そんな疑問に唖然するよりも先に、周囲の懐かしい景色に心が温かく包まれていた。
目の前には実家へと繋がる長い一本道が伸びていた。
僕の記憶が確かならば、この先に今回の旅の終着点がある。
そんな理屈を差し置いて、徐に仮面を外すと、多少の緊張感を抱いた僕の足は、未だに灰色に覆われた空の下を勝手に歩き出していた。
この道を歩み終えるとどうなるのか。考えても何も出て来ない。もうここまで来てしまった。もう引き返す時間はない。例え、この先に絶望の真実が待っていてたとしても、この歩みを止める事できない。
額に滲む汗をそのままに、歩くこと10分。
最後に見た母親の姿を思い出しながら目的地に到着した。
確かに、そこには築30年以上の古くも懐かしい一軒家が建っているはずなのに…
そこには、実家ではなく、コンビニが建っていた――
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