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ブラックバード-「飛べない鳥の旅路」より- 7章

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ブラックバード-飛べない鳥の旅路より-

鈴木先生が病名を宣告して数分も経たないうちに、小さじ1杯の涙を浮かべた千恵子が遠慮がちに入ってきた。
ごめんなさい
まだ僕自身が現状を受け入れられていないのに、何故か千恵子の口から謝罪の言葉が零れ落ちる。
なんで千恵子が謝る事になるのだろうか?
そんな質問を思い浮かべながら千恵子をただ眺めていると、不意に千恵子が僕の胸に飛び込んで来きた。
同時に今まで千恵子の瞳に溜まっていた涙のダムが決壊すると僕の胸には生暖かい悲痛の雨が降り注ぐ。
ずっと誤解してたの
千恵子の弁明は他人事のように僕の耳が聞き流す。
何もかもが認識できない状態だ。僕は何者なんだ?
鈴木さん、気持ちは察しますがまだ渡辺さんの気持ちの整理が付いていないようなので」と取り乱す千恵子を鈴木先生が優しく制止する。
ごめんなさい
我に返った千恵子は涙を拭いながら僕から離れ、息を整えるように大きく肩を揺らす。
不意に訪れる沈黙が今まで以上に余所余所しく現実から僕を遠ざける。
僕の中の困惑は青函トンネルよりも長く続く。
この困惑を潜り抜けても真っ白な雪景色になってくれないだろうか。
そんなどうでもいい事を脳内で処理するくらいに困惑は続く。
哀れな僕を見兼ねた鈴木先生はベッドの横にある簡易的な丸椅子にゆっくりと腰を掛ける。
そして言葉を選ぶように「まずは現状を把握しましょうか?」とゆっくりとした口調で同意を求めてきた。
その言葉自体は優しい物言いだが、そんな鈴木先生の背後から見えない圧力のようなものが感じ取れた。
どうぜ、今の僕に選択肢など無い。その代わりに時間はあるようだ。
鈴木先生の提案に僕は黙って頷いた。
それを見た鈴木先生は真顔のまま黙って頷くとゆっくりと話を続ける。
精神医療の観点から渡辺さんに関する情報を様々な方から聞かせて頂きました
鈴木先生は少しの間を置き、まるで偉大な作詞家のように大切なフレーズに合う単語を導くように慎重に言葉を選ぶように話し出す。
え~、その中で私がとても気になった行為がありまして~ それは『ひとりの時に誰かと会話をしているような癖がある』というものです。
皆さんが口を揃えて言っていたので、ほぼ間違いないと思うのですが……
その行為に関して心当たりはありますか?
初めて聞いた他人による僕の観察にぎこちない心が揺らぐ。
もちろん自覚など全く無い。
そんな無自覚が徐々に恐怖心へと変わると、それに比例して全身から冷や汗が滲み出ている。
そんな僕の戸惑う様子を見て「やはり無意識のようですね」と鈴木先生は予め僕が戸惑う事を知っていたように優しい表情で何度か頷く。
恐らく、渡辺さんが会話をしている相手というのが渡辺さんとは異なる人格だと思われます。
まさに多重人格障害に陥った患者の代表的な症状です
全てを見透かされたようで苛立ちが芽生え掛けたが、何の反論も出来ない現状が今の僕の置かれている状況なのだろう。
未だに肩を小刻みに震えさせる千恵子は何も言わずに涙を堪えていた。
これは、もう、認めざる得ないのか?
また、話しを聞かせて頂いた皆さまは皆が一致してこうも言ってます。『その話をしている相手がブラックバードだ』……… まぁ、そういう事です
最後は言葉を濁した鈴木先生の内心から“皆まで言わせるな”と言っているのがはっきりと聞こえた気がした。
言われなくても、これだけ状況証拠が揃えば反論の余地はない。
しかし、状況を整理したからと言って脳が理解に追い付いていない。
まだ心の片隅で足掻いている僕が居る。まだ認めたくないのか?
認めたくないよな。あんなにも憧れて、自分には絶対に成れない存在が、まさか自分自身だった、なんておとぎ話。
このおとぎ話にちゃんとしたオチは用意されているのだろうか?
分かります。大抵の患者は困惑し、自分の病状を受け入れるのに時間が掛かるものです。なので、渡辺さんも少しずつで良いのです。
徐々に現実を受け入れて、今後の治療方針を決めていきましょう
そう言いながら鈴木先生は壁に掛かった時計に目をやる。
今日はこの辺にしましょう。まずはゆっくりと休んでください
そう言い残した鈴木先生は会釈をしながらゆっくりと立ち上がり病室を後にした。
残された千恵子は未だに怯えた小鹿のように肩を震わせながら僕をただ見つめている。
そんな女性の肩を優しく抱きしめる余裕が無いダメな男はベッドに鎖で縛られているように全く動けない状況で今も苦悩している有様。
弱さの鎖恐怖の鎖惨めの鎖そんな負の感情で出来た、随分と絶望臭い鎖だ。
このまま何も出来ずにずっと千恵子に見られていると余計に惨めが増して最後には僕の存在自体が消えて無くなってしまいそうだ。
ちょっと一人にしてくれないか
そんな僕の情けないリクエストに千恵子は黙って頷き、名残惜しそうに何度も僕の方を振り向きながら病室から出て行った。
千恵子も居なくなり、いよいよ独りきりになった病室が、何故か全く知らない異世界と化した気がした。
転生した気分に近いのかもしれない。
いや、転生ならば前世の何もかも無かった事に出来て、一からやり直せる。
それに比べて今の僕にはブラックバードという劇薬を抱えながら生まれ変わってしまったようなものだ。
随分と質が悪い転生モノだ。
さて、何から整理すればいいのか。。。僕の頭のイメージマップは困惑の悪魔が支配し続けている。
その悪魔を倒す剣や鎧いや盾は何処にあるのだろうか?
どうも戦う術が全く無いようだ。
それに皆、おかしなことを言う。
僕が一人で会話しているだって?
その相手がブラックバードだって?
それじゃあ、まるで僕がブラックバードみたいじゃないか!
そもそも僕の周辺の皆って誰の事だ?
そんなに僕を虐めて楽しいか?
全部嘘に決まっている。
現に今も病室の隅に、いつもの黒い仮面を掛けた男が立っているじゃないか。

なぁ、ブラックバード。お前は本当に僕なのか?

情けなく縋るような僕の問いにブラックバードは何も答えない。
何とか言ってくれよ。いつものお前らしい言葉を聞かせてくれよ
そんな僕のリクエストに全く何も答えない。
その代わりなのか、ブラックバードは徐に自らの手で漆黒の仮面に手を掛ける
何を?!
驚いている僕に構うことなく、今まで一度も外した事のない漆黒の仮面をブラックバードは何の躊躇も無く外す。
その瞬間、ブラックバードの全身から白く眩い輝きが放たれると最後には霧のように消え去ってしまった。
まるで始めから何も存在していなかったように――
入るわよ
驚きと戸惑いの間を彷徨っている最中、扉の向こう側から涼子のいつも通りの呑気な声が聞こえた。
鈴木先生の話が真実だとすれば、涼子もまた僕がブラックバードだと承知の上で接していた事になる。
そうなると、涼子と交わった夜にも納得がいく。
それに涼子だけじゃない。
千恵子や笹沖、バンドのサポートメンバーやレコード会社の人間やコンサートに携わった全ての関係者。
みんな僕がブラックバードだと承知した上で接していたのか?
僕が困惑しているところに、迷い込んできた野良猫のように何の空気も読まず、何の遠慮もなく、何食わぬ顔をした涼子が病室に入ってきた。
プロモーション・ビデオは完成したから心配ないわ。それよりも今後はどうするの?
今後…
中途半端な同情をしない、いつものマイペースな涼子で少し安堵した。
それに、いつもはブラックバードにしていた仕事の話を僕にしてくる辺りに新鮮味を感じる。
しかし、次の瞬間には神社に祀っていた神が居なくなったような、人類ではどうしようもない問題に直面したようで、ただただ途方に暮れてしまう。
祀っていた神を失った神社の存在意義とは何だろうか?
本当に僕がブラックバードならば、ブラックバードを失った僕の存在意義は何処にあるのだろうか?
全ての針を失った時計を時計と呼べるだろうか?
操縦桿を失った戦闘機は博物館にでも飾ってくれ。
ブラックバードが消え去った今となっては『今後』など存在しない。
だったら、これから僕は何をするべきなのか…
現時点で思い浮かぶ選択肢は2つだ。
さて、僕はどちらを選べばいい?
どちらの選択肢がハッピーエンドを迎えられる?
ちょっと時間をくれないか?
優柔不断の塊で出来ている僕にはピッタリの台詞だ。
涼子も呆れて肩を竦めるだけでそれ以上は何の言葉も返してくれなかった。
その代わりと言わんばかりに、いつも持ち歩いているノートパソコンを僕の寝ているベッドに放り投げてそそくさと病室を後にした。
そんな乱暴に扱われたノートパソコンを開くとモニター画面には、本番のステージを想定したラフ画が描かれていた。そのステージ上の端には大きな鳥籠を模したオブジェが設置されている。
涼子は東京ドーム公演でのステージ構想を既に考え始めているようだ。
涼子はまだ僕を諦めていないようだ。
そんな涼子の逞しさと前向きさに心が震えた。
自分自身が全く信じ切れなかったのに、涼子が信じている自分ならば少し信じられそうな気がするから人間とは不思議な生き物だ。
あまり迷っている時間は無さそうだ。

翌朝を迎えても混乱は収っていない。
しかし、昨日に比べると幾分かの落ち着きを取り戻しつつあった。
お邪魔しますよ」と扉の外から鈴木先生の優しい声が聞こえた。
どうぞ」という言葉を発してから少し間が開いてようやく扉がゆっくりと開く。
具合はどうですか?」といつもの優しい笑みを浮かべた鈴木先生が入ってきた。
昨日よりは大分マシになりました」と無難な僕の返答に鈴木先生は満足そうに何度も頷く。
それは良かったです。しかし無理は禁物ですよ。今まで何人もの患者を診てきましたが、中には躁うつ病になったり、
パニック障害に陥ったりと他の病気を併発してしまう方も居いました。あくまで渡辺さんのペースで治療をしていきましょう
そんな鈴木先生の真っすぐな眼差しに嘘は何処にも見当たらなかった。
本来ならば患者を励ます心強い存在になるのだろうが、今の僕には全く受け入れられない。
今日は治療方針を進めていければと考えてます。いや、治療と言っても難しいものではありません。
多重人格障害というのは言い換えれば隔離状態に陥っているだけなのです
そう言いながら鈴木先生は人差し指を立てて、宙を眺めながら続ける。
そうですね~。例えば、子供がゲームに夢中になっている状態で、母親が声を掛けても反応しない状態。
それも一種の隔離状態です。その場合は母親がもう一度、強く子供を呼べば返事をするでしょう。
それで隔離状態は解除されます。それを渡辺さんの場合は少し時間を掛けて行うイメージです。
大掛かりな手術をする訳でもなければ、危険な薬を服用する訳でもありません
鈴木先生は随分と丁寧に言葉を並べて、治療を薦めてくるが、今の僕にはどんな政治家の胡散臭い雄弁も耳に入らない。
それでも鈴木先生の話は続く。
ここに来る患者の殆どは他人に危害を加える暴力的な性格や脱力感や悲壮感に溢れた性格など周囲では手に負えない病状を患っております。
その点、渡辺さんの場合は幸運でした。周囲に迷惑を掛けないどころか、その病状で仕事と上手く付き合っておられる、とても稀な例です
一通り話し終えた鈴木先生は白髪を掻きながら満足するように頷く。
しかし、僕の中に優雅に時間を掛けて生易しい治療するという選択肢は無かった。
先生、ひとつ尋ねていいですが?」と僕は鈴木先生の話を遮るように発する。

「なんでしょうか?」と鈴木先生が頷く。

この病気を治すと僕の中から完全にブラックバードが居なくなってしまう訳ですよね?

そんな僕の質問に鈴木先生は少し驚くように目を丸くする。
どうやら、鈴木先生の中では全く想定していなかった質問だったらしい。
しかし鈴木先生はすぐにいつもの柔らかい表情を呼び戻すと「はい。そうなりますね」と冷静で端的な返答をする。
そうなると、今後、僕の仕事に支障をきたしてしまう。何とも皮肉な病状です
自分でも気付かぬうちに自虐的な笑みを零していた。
しかし、同時に確信もした。
この笑みは、僕がまだブラックバードを諦めていないという選択肢を選んだ笑みだ。
か弱くも力強い最初の一歩を踏み出した、とても清々しい気分だ。
渡辺さんの懸念は分かります。しかし、このまま他の人格を体内に宿し続けると渡辺さんの精神が崩壊し、最終的には自我を失ってしまう恐れがあります。
この世界で長年働いてきた私としては、到底勧める事は出来ません
それは脅しではなく、実際に前例として調査報告や無数のデータが残っているのだろう。
分かっている。自我を失うという事は人間を止める事と一緒だ。
ある意味では死よりも残酷な結末を迎えるかもしれない。
怖い訳がない。寧ろ、この恐怖から一日でも早く逃げ出して、平穏な日常を取り戻したい。
でも、、、 それでも、、、
今の僕にはブラックバードが必要なんです。いや、もはや僕だけの話じゃない。ブラックバードを支えてくれているスタッフやファンも困るはずです
僕の訴えに鈴木先生は再び目を見開き驚きの表情を浮かべ、残念そうに首を何度も左右に振る。
しかし、医師の鏡とでも言うべき根気強さなのか、それでも鈴木先生は再びいつもの穏やかな表情を取り戻す。
そして一呼吸置いたところで、再び優しい口調で今度は僕に向けて質問を投げ掛ける。
渡辺さん、今もあなたの中にブラックバードさんは居られるのですか?
そんな鈴木先生の確信を突いた質問に僕は言葉を失ってしまった。
そう、ブラックバードは昨日の正夢の中で、僕の前から消滅してしまった。
もうブラックバードはこの世界に存在しない。
名探偵がどんな名推理を披露したって、幾多の修羅場を潜ったベテラン・トレジャーハンターが束になり世界中を旅したって、絶対に見つかる訳がない。
そんな僕の絶望的な表情を見て、全てを察しとった鈴木先生は豆鉄砲を食らった鳩よりも目を丸くして驚く。
渡辺さん、それは素晴らしい傾向ですよ! 稀にあるんです。病状が明確になった瞬間に多重人格障害から解放される事が。
今までの苦しみが嘘だったみたいに、全てがクリアになるんです
饒舌に熱弁する鈴木先生の様子に嘘の欠片は見当たらない。
本当に純粋に驚いているようで、何よりも嬉しそうに映った。
そんな鈴木先生の明るい表情が、まるで押し出しデッドボールで試合に勝ったような複雑な心境に陥る。
おまけに鈴木先生が今の僕にとって、とても癪に障る台詞を零した気がした。
今までの苦しみ?
そうです。渡辺さんは自らの意志でここに運ばれた訳ではないですよね?
確かに、僕は倒れた。
そして気が付けばここまで運ばれていた。
それは渡辺さんの場合、あなたとして仕事をしていると同時にブラックバードさんとしても働いていたのです。
なので、通常の人の2倍以上の労働時間を費やしていたという事になります
言われてみればそうだ。
コンサート直後に妙に身体が重くなっていたのは、、、そういう事か。
それが鈴木先生の言った“今までの苦しみ”の正体か。
今の状態ならば特別な治療の必要はありません! 少し経過を見て何もなければ、2,3日で通常の生活に戻れるでしょう。渡辺さんはもう自由です
鈴木先生は大きく左右の手を広げながら清々しく言い切った。
そして優しい細い目の隙間から僅かに現れた鋭い眼光を覗かせ「それでも再び苦しかった日々に戻りたいと願いますか?」と僕の真理に問い掛ける。
また鈴木先生は僕の癪に障る事を言ってしまった。
渡辺さんはもう自由です?
自由って、一体何だ?
今の今まで決められた場所で何不自由なく育てられた羊に、
何の前触れも無く荒野に放たれて“お前は今日から自由だ”と言われても、
羊は喜んで荒野に飛び出すだろうか?
そして平和に生きていけるのだろうか?
餌の採り方も分からなければ、安らかに眠れる場所もない。
大敵から守る術も知らなければ、すぐに野垂れ死にするのがオチだ。
今の僕と同じように… とても無責任な行為なのだ
そう、僕にはまだ最低限やらなければならない仕事が残されているのだから。
12月までにブラックバードを取り戻さないといけないんです。先生、お願いします。僕に再び地獄の日々を取り戻す術を教えてください
昨夜遅くに笹沖からの申し訳なさそうなメールで『東京ドーム公演は中止できない』と切実な内容が届いていた。
理由は至極当然で簡単なものだ。
会場のキャンセル料や放映権、それにコンサートに関わるグッズ等の負債総額は甚大で、万が一にもコンサートが中止となれば、笹沖のクビだけでなく、サファイア・レコード自体にも相当な損失が出る。
そんな旨の脅し文句が笹沖の上司から告げられたらしい。
何とも生々しい内部事情を暴露してくれたものだ。
要するに後には引けないコンサートだ。それだけ東京ドーム公演というのは偉大にして、残酷な舞台らしい。
だから、元の自分を取り戻すかなんて悩むのは、最低でも12月の東京ドーム公演が無事に終わってからの話しだ。
簡単な話だ。
この残酷な世界で必要なのは僕じゃなくブラックバードの方だ
そう確信した瞬間に、自分の存在意義をこの世界から抹殺してしまった事実に気付き、多少の切なさを抱く。
しかし、そんな感傷に浸っている時間はない。
そんな思い詰めた僕の表情を察してか、鈴木先生の心境も揺らぎ始める。
精神医療の観点からして、再び解離性同一性障害に陥ることは反対です。しかし、渡辺さんの場合は稀な事例ですので…
鈴木先生は複雑な表情を浮かべ、慎重に言葉を選びながら話す。
必ず戻る保証はないのですが、解離性同一性障害になる原因として“過去のトラウマ”があります。
劣悪な環境から現実逃避する形、または擦り付ける形で多重人格が形成される事が大方のパターンとされています。
なので、その傾向を逆手に取れば、或いは渡辺さんは再び多重人格障害に陥るのかもしれませんが………
鈴木先生の表情は最後まで曇っていた。
どうやら、嘘を言っている訳ではなさそうだ。
しかし『過去のトラウマ』と言われても、僕自身に皆目の見当も付かない。
念を押しておきますが、あくまで私は反対の立場ですからね」と語尾を強めた鈴木先生の表情は冴えないままだ。
そして話が終わり、鈴木先生が病室を出ようとした時に「それと」と何かを思い出したように鈴木先生の足が止まる。
最低でも月に1回はカウンセリングに来てください。この条件だけは医師として絶対に譲れませんからね
そう言いながら、僕の方に振り向いた鈴木先生の細い目の奥から鋭い眼光が姿を覗かせ、僕の心を突き刺した。
その視線に怯えた僕は思わず「はい」と反射的に返事をする。
よろしい。それではまた
僕の返答を聞いた先生は一度だけ頷くが、最後まで険しい表情は消えなかった。
先生が去ったタイミングでテーブルの上で震える携帯電話を手に取ると、母からのメールが届いていた。

母親… 

実家… 

岡山… 

過去のトラウマ…

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